精神科医(認知症外来・病棟)の友人からのメッセージ

勉強家で刺激しあえる親友です



『認知症』 が進行してしまった今

母が私達に伝えたかったことは何だろう…




母の認知症の介護が始まって9年目に入りました。

初期の頃は、ぼけた母が許せなくて事ある毎に 母を責めてしまいました。

お仕着せがましく世話をし、そんな自分をまた責めて、暗澹たる毎日でした。


ある時、母の気持ちに気がつきました。   

世話をする私達の苦労より、世話されなければ生きられないことの辛さ。

自殺をとどまった母。

自殺して、己の辛さから逃げるより、残された家族の苦しみを考えた母。

その時点で、「すべての辛さを引き受けて生きること」を、選択したのだと…。

それからは、憑き物が落ちたように心が晴れ 母にとって 「いい介護」というものを

考えることができるようになりました。

そうなると母の状態も落ち着いて、今では皆に愛されるかわいいおばあちゃんです。


母のおかげで、認知症の方々も それぞれ 「懸命に生きておられる」こと、

感じる心は以前と変わらず

「人間としての尊厳を持ち続けておられる」こと を知ることができました。

この経験を生かして、今年から認知症外来と病棟で勤務中です。 


今、65才以上では、5〜7%、85才以上になると25%が認知症状をきたす、

と言われています。認知症にならない手立てより自分もいずれは、認知症になる

かもしれないと予測して、その時の対処を 学べば 

「老いることの恐怖も薄らぎ、今を楽しく生きられる」と思います。


認知症が進行してしまった今、母が私達に伝えたかったことは何だろう…と

時々思います。現在もある程度の会話はできますが、母の「私たちへの想い」を

知ることはできません。

そうなった時、私は子供達に何を伝えたいのだろう。


「遺箱」 の話を 聞いて一番に思ったのは、これでした 。




60歳代男性 趣味も多く 人生を楽しむ

頼りになる大切な先輩からのメッセージ


愛の根源 まで考えてしまう・・・

そんな箱になるのかなぁ




人が死ぬということは、本人よりも残された人の心の傷の方が大きい。

何故なら、本人は死んでしまえば、もう思い出すことも悩むこともできない。

残った人はそうはいかない。

愛すれば愛するほど、その人はもうここには居ないんだと 納得しなければ、

その死から立ち直れない。自分の死を愛した人に納得させてやるのは、

死んでいく人がやらねばならない気遣いである。




その時にこの箱は、その小道具として力を発揮する。

死ぬ恐怖というのは、自分が存在しなくなる恐怖より、残した人がどんなに

悲しむかを想うからかも知れない。


私の場合、両親は逝ったから一番悲しむ人のことは もう想わなくてよい。

その分随分と楽だ。

両親の愛は無償の愛だったなぁ。私が愛さなくても愛してくれた。

家族はどうなんだろう。

そして友人は。



この箱が手元にあって、

誰かに当ててメッセージをと言われると、


愛の根源まで考えてしまう。


「遺箱」はそんな箱になるのかなぁ。









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